la dolce vita

記者による映画解説(ネタバレあり)。ときどき書籍にも言及します。

映画『光に生きる―ロビー・ミューラー』を観る

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山形国際ドキュメンタリー映画祭ライブラリの金曜上映会で、『光に生きる―ロビー・ミューラー』を観た。

欧米各国の、主に70~90年代の映画で撮影監督として独特のカメラワークでプロたちを唸らせた、ロビー・ミューラー(1940~2018)のキャリアを、彼の遺した膨大な映像集と、彼がともに仕事をした映画監督たちの証言で振り返るドキュメンタリー映画で、山形では2019のインターナショナル・コンペティション部門への選出である。

私はとくにシネフィル、ヨーロッパ映画に詳しいわけではないので、コンビを組んだ監督も作品もよく解からなかったのだが、「光のタッチこそが彼のライフワーク」「ビデオカメラを持たせるといつも流れるような妙味のある映像を撮る」的な人物評がどの監督からも異口同音に出ていたあたり、映画がモノクロからカラーに変わり、微妙な「光」の表現が映像の出来を左右するようになった時期と歩調を合わせるかのように映画人としてのキャリアを歩んだ彼は、おそらく現在の「あたりまえ」を創造した先駆的な表現者だったのだろう(彼の無名時代の勉強や影響の話しがもっと引かれていても良かったと思った)。

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彼のキャリアの集大成となったラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』では、360度を回るシーンの光加減を完璧に制御し、踊るカトリーヌ・ドヌーヴを舐め回すように撮っている。映画ではこのシーンを撮る技術の由緒も細かに紹介され、一介の仕事人として映画の常識を乗り越える創造力は偽物ではなかったことがわかる。監督も、ロビーを信頼して全てを任せていたようだ。

日本では黒澤明が光の当たり具合に非常にうるさく、強い光源を志村喬に当てたら時代劇のカツラが焼け爛れてしまったというエピソードを仄聞する限りだが、ロビー的な撮影の専門家はいたのか。少しこの辺を勉強してみたいところである。

ちなみに彼は仕事人の傍ら家族を愛する者でもあり、国外への遠出に際してもオランダの家族にまめに手紙やビデオレターを送っていたらしい。出演していた娘も息子も父のことを尊敬する目で語っており、晩年は認知症を患って真っ当な行動もままならなかったロビーも、廃人のようになっていたのかと思いきや子供たち家族と仕事を共にした戦友の尊敬を受けながら、2年前に亡くなるまで10年ほどを幸せな好好爺として過ごしたようである。そして彼の仕事は、映画史と記憶の中に残っていく。