la dolce vita

記者による映画解説(ネタバレあり)。ときどき書籍にも言及します。

映画『今宵、212号室で』を観る

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ムービーオン山形で、映画『今宵、212号室で』を観てきた。

マリアとリシャールの夫婦は結婚して25年になる。マリアは「結婚生活を続けるには多少の火遊びも必要」という論理でひそかに不倫を楽しんでおり、アスドルバルという若い愛人との逢瀬を終えて家に戻るが、置きっぱなしのスマホにアスドルバルから求愛のメッセージが来ているのを夫のリシャールに見られ、不倫が発覚してしまう。不快感を露わにマリアを問い詰めるリシャール。やがて「一人にさせてくれ」と拗ねるリシャールを置いて、マリアは向かいのホテルの212号室に一晩泊まるのだが、そこに時を超えて25年前の若いリシャールが現れる。

若いリシャールとやりとりを重ねながらもマリアは逢瀬を楽しむが、突如そこにリシャールの初恋の人で、二人の結婚とともに彼の前から姿を消したイレーヌという音楽教師が25年前の姿で現れる。マリアを挑発し、ホテルを出て向かいの家で飲んだくれるリシャールの許に向かい、25年前の想いを伝えて誘惑するイレーヌ。だが、リシャールは身体を重ねながらも、愚直にマリアを信じる気持ちを伝える。一方、マリアの許には歴代の不倫を楽しんだ15人の元彼が現れるが、若いリシャールが彼らを退場させる。

イレーヌは傷ついて近くのパブで落ち込むが、マリアは「未来を信じなさい」と言っていつの間にかソンム湾の海辺にある小さな家に辿り着き、夫も子供もなくても幸せに暮らしている現在のイレーヌに会って語り合う。若いリシャールはこれまたいつに間にか逢いに現れたアスドルバルを退場させるも、彼に殴られて負傷してしまう。若いリシャールはイレーヌと入れ替わりに向かいの家で治療を受けながら現在の自分と語り合う。やがて元彼たちも含む全員がパブに集まり、現在のリシャールはマリア、イレーヌ、若い自分と語り合いながら「四人で結婚しよう」と話しを持ち出す。

いつの間にかホテルの部屋には朝が来ており、元彼たちは消えている。マリアは二人のリシャールとイレーヌが寝ている部屋にそっと鍵を掛け、212号室を出てホテルを後にする。ちょうど家から出てきたリシャールと鉢合わせし、「今夜は帰ってくるか」「そうね、予定もないし」とだけ軽く会話して、軽快に歩き出したのだった――。

 

カンヌ国際映画祭では「ある視点」部門の最優秀演技賞をアリア役のキアラ・マストロヤンニが受賞したらしいが、自分はむしろリシャール(現在)役のバンジャマン・ビオレの渋さにだいぶやられた感じである。どれだけ年季の入った俳優なのかと調べたら、本職はミュージシャン、しかもキアラの離婚した元夫ということで驚き。リシャール(若い頃)役を演じた俳優も、マリアの心を掴みつつちゃっかりイレーヌも自分のものにしたいと思っているふしがある俗物さをしっかりと演じていた。

道路一本を挟んだ家、ホテルの212号室(とパブ)という舞台とシナリオを考えると、これは小規模で若者も年寄りもいる劇団が芝居でやるにも向いているストーリーかも知れないが、演技にかなりの技術がいるため場末の劇団では無理な気もする。

いかにもフランス映画という感じだが、この映画の演出上のテーマは割と古典的な「赦し」と「成長」かと思われた。実際最初は反目し合ってたマリアといイレーヌがパブで友情を抱くシーンや、リシャールが若い自分をそれと知らず間男と信じて、それでも寛大に心を通わすシーンはぐっと来るものがあった。

マリアとリシャールはこのあとどうなるか。火遊びは止めないだろうと思われるが、少しリシャールのことを見直したマリアは、夢か現かも知れないリシャールとの関係性の中で、人間としても一回り大人になったのだろう。平野啓一郎氏の『マチネの終わりに』ではないが「未来は過去を変えている」にも通じるストーリーだった気がする。もっと言えば、大人になるとは過去のある時点で大人だった自分を探すことなのだ。