la dolce vita

記者による映画解説(ネタバレあり)。ときどき書籍にも言及します。

映画『お名前はアドルフ?』を観る

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フォーラム山形で、映画『お名前はアドルフ?』を観てきた。フランスで舞台化された作品をドイツで映画化したものらしい。

問題の一家は独文学の教授である夫ステファンと国語教師の妻エリザベトがいて、妻が子供の頃に孤児として引き取られた楽団のクラリネット奏者レネはエリザベトのよき親友(ついでに言うと夫婦は幼馴染カップル)。エリザベトの弟のトーマスは無学ながら不動産ビジネスがうまく行って裕福な経営者となり、女優としての成功を目指す妻アンナを支えている。更に夫を亡くしたのち山辺に隠居して悠々自適の生活を過ごす母ドロテアがいて、学のありなしはそれぞれだが比較的教養のある階層の家族と言えよう。演者には『帰ってきたヒトラー』で見知った顔もあり、作中にも同作の名前が登場する。

久しぶりに一族が会したパーティーで、妊娠したアンナを話題に出して惚気るトーマスに、エリザベト、レネ、ステファンは「名前は何?」と問う。謎かけで引っ張ったあげく、トーマスが命名を決めた名前は「アドルフ」ということだった。むろんあの独裁者と同名なんて狂気の沙汰だ!とステファンが反発し、押し問答のすえに家族の思いもよらない秘密が明らかにされていく。

私の知識では、ドイツではアドルフという命名は厳禁、ヒトラー姓の者は改姓を余儀なくされたと聞き知っていたが、厳密にはアドルフという命名は公的機関に「然るべき理由」を提示すれば認められるケースがあるらしい。なにもかも取り返しがつかなくなってしまった物語の結末では理論武装したトーマスの冗談であったことが(今更ながら)明かされ、踊らされる知識人ステファンの姿の滑稽さが振り返ればの一笑に値する。

で、肝心の狂言のような物語の展開であるが、私にはなんだか消化不良に感じられた。とくにレネの養母ドロテアとデキていたという設定は本作の山場のように演出されていたが、私にはただ気持ち悪い昼ドラ的要素の切り貼りのようで、そういうのが好きな観客も呆気に取られて面白いとは感じ取れないと思えた気がする。ほかの登場人物の秘密も、笑えるのはステファンの博論がエリザベトの盗用であったというオチくらいで、こんな安っぽいネタに振り回される家族が滑稽を通り越して痛いという印象しかなかった。

触れ込みが誇大広告だったから、私はドイツ現代史の暗部でも掘り起こしてくれそうだと期待していたので、辛口の評となってしまった。だが例えば昨年観た『僕たちは希望という名の列車に乗った』のほうが、歴史性というものを感じ取れたという結論だった。もちろん、こちらは実話であるが。

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